由 緒

 菅原神社

ご祭神は、菅原道真公。
信達風土記よれば、遠い昔に日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征罰を行いました。その際の陣場としたのが、ここ菅原神社の地であったといいます。日本武尊の東夷征罰後、この地は、天神山または天神屋敷といわれるようになりました。それは日本武尊が天皇の皇子神であることから、「天」と「神」の二文字をとって天神と呼んだからです。
平安時代の承安年中(1171~1174年)に菅原志紀部という人が京都の北野天神から霊璽をうけ、山口地内の赤埴にこれを祀りました。菅原志紀部は京都より霊璽を遷すとき、菅原道真公直筆の紺紙金泥経文と生前袖の湊でむしろとして使った綱輪の片端を授けられたといいます。
さらに、鎌倉時代の建久年中(1190~1198年)に福島の太守伊達次郎直之は、菅原道真公の霊をも天神ということから、赤埴の北野天神の霊璽を天神山と呼ばれるこの地に神殿を新築して遷し祀りました。多くの人からとても霊験灼かといわれ、人々は天神様のご加護を尊び敬い、村一円の鎮守天満宮と呼び、奉ったとされます。
天文14年(1545年)、大波伊賀守は、拝殿を新築して土地を寄附し、祭典はとてもおごそかに奉仕されてきたといいます。
明治元年には、天神社と改名し、さらに明治4年7月に村社菅原神社と改名しました。
現在の本殿部分の建物は、正徳6年(1716年)に建立されたもので、建築から実に300年余り経過する、まさに文化財に値する建物となっています。

※ 綱輪とは、菅原道真公が太宰府に流され、船で博多に上陸した際、地元の漁師が船を停めておく綱を輪にして作った敷物で出迎えたもので、菅原道真公はその綱輪の敷物を使ったとされます。




 雷神社

ご祭神は、鴨若雷神(かものわきいかずちのかみ)
本社の歴史は古く、鎌倉時代に菅原神社がこの地に遷宮されるさらに遠い昔、日本武尊が当地に東夷征罰のため陣を敷いたとされますが、そのときにはすでにこの地に雷神社の社、雷神宮があったといいます。
宝暦7年(1757年)現在の雷神社の社が建立され、雷神像が奉納されました。
昭和初期のこと、日照りが続いたある日、この地の若者数人が、雷神社に祀られていた雷神像を引っ張り出し、酒の勢いで「雨を降らせろ。」と川の水たまりの泥水をかけたり、田んぼの泥の中に投げ入れたりして泥だらけにしてしまいました。そして、そのままお宮の中に納めました。ところが、あとでよく見ると腕がなくなっており、よく探しましたが見つかることはありませんでした。その後、その年は雷が多発し、雷がなるたびに人家に落雷し、火事が多発して、大きな被害をもたらしました。
現在は、雷神様を崇信することで、落雷除・火防の神として尊ばれています。

道真公と雷神様
当境内には、菅原神社と雷神社が並んでいます。菅原神社のご祭神、菅原道真公は、死後怨霊となって雷を操った、あるいは、道真公が雷神となったという伝説があり、道真公と雷神様はとても密接なつながりがあります。この地の菅原神社と雷神社の成り立ちは、それぞれ違う歴史的経緯によるものですが、不思議な偶合を見ることができます。
 
 
 

 


菅原神社 〒960-8202 福島県福島市山口字天神7
宮司宅  〒960-8202 福島県福島市山口字天神31-1
TEL 090-2790-8037  宮司 山上達也